背信的悪意者の判例:どんな事情で「背信的」になるか、そこから買った人はどうなるか

背信的悪意者(はいしんてきあくいしゃ)とは、ほかの人が先に不動産を買ったことを知っているうえに、その人に登記がないことを持ち出すのが信義に反する(ずるい)と認められる事情がある人のことです。判例は、こうした人を民法177条の「第三者」から外し、先に買った人は登記がなくても勝てる、としています。

押さえる点は三つです。①ただ知っていただけ(単なる悪意)では外れない。②背信的悪意者から買った人(転得者)は、その人自身が背信的悪意者でない限り守られる。③取得時効の場面でも、背信的悪意者は外れる。どれも最高裁の判決で確かめます。

身近な例で考えると

人物立場したこと
こうじさん土地の元の持ち主同じ土地を二人に売った
ななみさん最初に買った人代金を払い使っているが、登記をしていない
たけるさんあとから買った人事情を知って買い、登記をした
りょうさんたけるさんから買った人(転得者)登記をした
  1. ななみさんは、こうじさんから山あいの土地を買い、20年以上使ってきた。ただ、登記はこうじさんの名義のままだった。
  2. たけるさんは、そのことを知っていた。ななみさんに高く売りつけてもうけるつもりで、こうじさんから同じ土地を買い、先に登記をした。
  3. たけるさんは、ななみさんに「登記はこちらにある。出ていくか、高く買い取れ」と言った。

177条は、不動産の持ち主が変わったことは、登記をしなければ第三者に対抗できない(言い張れない)と定めています。ふつうは、先に登記をした人が勝ちます。売買では、早い者勝ちの競争も許されるからです。

しかし、2のたけるさんは、ななみさんが買って長く使っていることを知りながら、登記がないことにつけこんで、高く売りつけるために買っています。こうした人にまで「登記がないから負け」と言わせるのは、信義に反します。最高裁昭和43年8月2日判決は、似た事情の人を背信的悪意者として、177条の第三者に当たらないとしました。

条文ではこう決まっている

  • 民法177条:不動産に関する物権の得喪(とくそう=手に入れること・失うこと)と変更は、登記をしなければ、第三者に対抗できない。
  • 「第三者」の範囲は条文に書かれていない。判例は、登記がないことを主張する正当な利益を持つ人に限っている。
  • 不動産登記法5条1項:詐欺や強迫で登記の申請を妨げた第三者は、登記がないことを主張できない。
  • 同条2項:他人のために登記を申請する義務を負う第三者(たとえば登記を頼まれた代理人)も、登記がないことを主張できない。ただし、その登記の原因が自分の登記の原因より後に生じたときは別。

不動産登記法5条は、背信的悪意者の典型を条文にしたものと考えると覚えやすくなります。条文に書かれていない場面を、判例が「背信的悪意者」として広げています。

判例で確かめる

どんな事情で背信的とされたか(最高裁昭和43年8月2日判決)

  • 事案の一行:買主が山林を買って23年余り占有していると知る人が、登記がないのに乗じて高値で売りつけて利益を得る目的で、売主から同じ山林を買い登記した。
  • 結論:この人は背信的悪意者で、177条の第三者に当たらない(第二小法廷)。
  • 理由の要点:物権変動があった事実を知る人で、登記がないことを主張するのが信義に反すると認められる事情がある場合は、正当な利益を持たない。
  • まちがえやすい所:「知っていた」だけでは足りない。知ったうえでの信義に反する事情が要る。

背信的悪意者から買った人(最高裁平成8年10月29日判決)

  • 事案の一行:最初の買主が登記をしない間に二重に買った人が背信的悪意者で、その人からさらに買った人が登記をした。
  • 結論:転得者は、最初の買主との関係で、その人自身が背信的悪意者と評価されない限り、所有権を最初の買主に対抗できる(第三小法廷)。
  • 理由の要点:背信的悪意者がしても、売買そのものは無効にならない。だから転得者は、権利のない人から買ったことにはならない。背信的悪意者かどうかは、人ごとに相対的に判断する。
  • まちがえやすい所:「背信的悪意者は無権利者なので、そこから買った人も無権利」は誤り。

取得時効の場面(最高裁平成18年1月17日判決)

  • 事案の一行:ある人が土地を時効で取得した後、その土地を買って登記した人がいた。
  • 結論:買った時に、時効で取得した人が多年にわたり占有している事実を認識しており、登記がないことを主張するのが信義に反する事情があれば、背信的悪意者に当たる(第三小法廷)。
  • 理由の要点:取得時効の要件が満たされているかは、外から簡単には分からない。そこで、要件をすべて具体的に知っていなくても、背信的悪意者とされる場合がある、とした。ただし、多年の占有の事実は知っている必要がある。
  • まちがえやすい所:時効の要件を全部知っていたことは要らない。占有の事実を知らなければ当たらない。

背信的悪意者でなくても主張できない場面(最高裁平成10年2月13日判決)

  • 事案の一行:登記のない通行地役権(他人の土地を通る権利)が付いた土地を、別の人が買った。
  • 結論:通路として使われていることが土地の様子から客観的に明らかで、買った人がそれを知っていたか知ることができたときは、特段の事情がない限り、買った人は登記がないことを主張する正当な利益を持つ第三者に当たらない(第二小法廷)。
  • まちがえやすい所:背信的悪意者の話ではない。知ることができた(過失のある)人でも外れる、特別な場面。

当てはまる例・当てはまらない例

当てはまる例:もうけるために割り込んだ

身近な例のたけるさんは、ななみさんが買って長く使っていると知りながら、高く売りつけるために買って登記しました。背信的悪意者なので、ななみさんは登記がなくても所有権を言い張れます(昭和43年判決)。

当てはまらない例:知っていただけ

たけるさんが、ななみさんが先に買ったことを知っていただけで、ふつうの値段で、自分で住むために買って先に登記したとします。それ以上の事情がなければ、たけるさんは177条の第三者です。登記のないななみさんは負けます。

ひっかけやすい例:背信的悪意者から買った人

たけるさんが背信的悪意者でも、たけるさんから買ったりょうさんが、ななみさんとの関係で背信的悪意者と評価されなければ、りょうさんは登記で勝ちます(平成8年判決)。

ひっかけやすい例:時効の要件を知らなかった

ななみさんが時効で土地を取得した後に、たけるさんが買って登記しました。たけるさんは「時効の要件が満たされているとは知らなかった」と言っても、ななみさんの長年の占有を知っていて、信義に反する事情があれば、背信的悪意者に当たりえます(平成18年判決)。

似ているルールとの違い

場面第三者として守られる条件根拠
二重譲渡(177条)背信的悪意者でなければ、知っていても守られる判例
うその売買(94条2項)善意(知らなかった)なら守られる条文
詐欺による取消し前(96条3項)善意で過失がなければ守られる条文
登記申請を妨げた人など登記がないことを主張できない不動産登記法5条

177条は「知っていても守られる」のに、94条2項・96条3項は「知らないこと」が条件です。177条は、登記という目印で早い者勝ちを決める制度なので、知っていたかどうかを原則として問わない、と説明されます。94条2項・96条3項の第三者は、「第三者」の見分けの記事にまとめています。

試験ではここをまちがえやすい

  • 単なる悪意者は177条の第三者に入る:知っていただけでは外れない。
  • 背信的悪意者は、知っていたうえに信義に反する事情:もうける目的で割り込む、など。
  • 転得者は相対的に判断:背信的悪意者から買っても、自分が背信的悪意者でなければ守られる。
  • 取得時効の後に買った人:多年の占有を知っていれば、時効の要件を全部知っていなくても背信的悪意者に当たりうる。
  • 通行地役権の判例は別の枠組み:背信的悪意者でなくても、知ることができれば外れる場面がある。

二重譲渡や取得時効の事例では、まず「その人は知っていただけか、信義に反する事情まであるか」を確かめ、次に「だれとの関係で判断するか」を確かめます。宅建試験の権利関係でも、177条の第三者の範囲は同じ判例が土台です。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
ななみさんは、こうじさんから土地を買ったが登記をしていない。たけるさんは、そのことを知りながら、ふつうの値段で同じ土地をこうじさんから買い、先に登記をした。ほかに特別な事情がないとき、ななみさんは登記なしに所有権をたけるさんに対抗できる。

答え:✕ 分かれ目は、知っていただけか、信義に反する事情まであるかです。判例は、物権変動を知る人でも、登記がないことを主張するのが信義に反すると認められる事情がある場合に限って、177条の第三者に当たらないとしています(最高裁昭和43年8月2日判決)。正しくは、たけるさんは第三者に当たり、登記のないななみさんは対抗できません。知らないことが条件になるのは94条2項の第三者で、177条とは違います。

問2(このサイトのオリジナル問題)
問1の土地で、たけるさんは背信的悪意者に当たるとする。たけるさんから土地を買って登記したりょうさんが、ななみさんとの関係で背信的悪意者と評価されないときは、りょうさんは所有権をななみさんに対抗できる。

答え:○ 分かれ目は、背信的悪意者かどうかを人ごとに判断するかです。最高裁平成8年10月29日判決は、背信的悪意者がした売買も無効ではなく、転得者は、最初の買主との関係でその人自身が背信的悪意者と評価されない限り対抗できるとしました。背信的悪意者は権利がないので、そこから買った人も権利がない、と考えると✕に見えます。権利がない人から買った場合の話(無効な売買からの転得)と取り違えないようにします。

問3(このサイトのオリジナル問題)
ななみさんが土地を時効で取得した後、たけるさんがこうじさんからその土地を買って登記した。たけるさんは、ななみさんの長年の占有は知っていたが、時効の要件がすべて満たされていることまでは具体的に知らなかった。この場合、たけるさんが背信的悪意者に当たることはない。

答え:✕ 分かれ目は、時効の要件をどこまで知っている必要があるかです。最高裁平成18年1月17日判決は、取得時効の要件を満たしていることをすべて具体的に認識していなくても、多年の占有の事実を認識し、登記がないことを主張するのが信義に反する事情があれば、背信的悪意者に当たる場合があるとしました。正しくは、たけるさんも背信的悪意者に当たりえます。占有の事実そのものを知らなければ当たらない点と混ぜないようにします。

民法の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「民法」で続けて解けます。

まとめ

  • 177条の第三者は、登記がないことを主張する正当な利益を持つ人。知っていただけの人は入る。
  • 背信的悪意者=知っていたうえに、登記がないことを持ち出すのが信義に反する事情がある人。第三者から外れる。
  • 転得者は、その人自身が背信的悪意者でない限り守られる(相対的に判断)。
  • 取得時効の後に買った人は、多年の占有を知っていれば、要件を全部知らなくても背信的悪意者に当たりうる。
  • 不動産登記法5条は、登記がないことを主張できない人を条文で定めている。

177条の基本と取得時効と登記の関係は登記と対抗の記事と取得時効の記事で確かめられます。次に読むなら、94条2項の類推適用の記事がおすすめです。登記を信じて買った人が守られる、177条とは別の筋道が分かります。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、令和8年度試験の出題の基準日である令和8年4月1日時点の内容を、e-Gov法令検索で確かめています。